サロマ湖100kmウルトラマラソン

こちらのページはサロマ湖100kmウルトラマラソンのみの完走記を集めています。左記の年代完走・リタイア回数をクリックするとその年の完走記・リタイア記をご覧になれます。

 

2003年からは楽天ブログで書き溜めていた完走記&リタイア記にリンクしています。1993~2002年まではこちらのページで大会を振り返ってのコメントを記載しました。詳細の完走記は年月が過ぎていますが、書き足していこうと思います。 更新でき次第お知らせ致します。

初参加の1993年、18歳の初夏。

やっとの思いでこの場所に立つことができた。

 

サロマ湖100kmウルトラマラソンは1年越しで待っていた場所だ。高校生では参加できない。大学進学を待って参加した1993年

 

今までの『夏』をイメージするサロマ湖とは一転!! 

『大雨』!!でも楽しい~!!が先行しTシャツにランシャツ&ランパンでスタートした!!

 

1993年 サロマ湖100kmウルトラマラソン~完走記~

93年に引き続き後半になって雨が降って来た1994年。

 

タイムも大きく落ちて12時間10分09秒!

 

一緒にゴールしたKENさんとは

 

『お父さん?』と勘違いされるほど似ていたみたい(笑)

 

今でもお付き合いがあります。  

 

1994年 サロマ湖100kmウルトラマラソン~完走記~

3回目の参加となった1995年サロマ湖100kmウルトラマラソン。

 

大学3年生にもなり、練習量はより低下・・・にも拘らず、シューズは軽量タイプのスカイセンサーを選択!!

 

これが仇となり、初のサロマ湖リタイアを経験する・・・。

 

 

1995年 サロマ湖100kmウルトラマラソン~リタイア記~

リベンジを掛けた1996年サロマ湖100kmウルトラマラソン!

 

昨年リタイアした77キロを過ぎる時にはいける!と確信した。また昨年なぜリタイアしてしまったのか?振り返ると涙が浮かんできた。

  

一緒にゴールしたのは杉並区浜田山で食い物屋『夢一門』を経営しているヤッチャン!

 

ワッカの中3時間近くを並走したので、初めて会ったのに意気投合!!

 

『夢一門』のガーリックトースト&タコマリネは最高!!

 

1996年 サロマ湖100kmウルトラマラソン~完走記~

社会人1年目のサロマ湖100kmウルトラマラソン!

 

アートスポーツに就職し、2ヶ月に1度の棚卸しに大会が被るものの、『休ませてください!!』と新人のくせに休みを貰って参加!それ以降『鈴木は棚卸しよりもサロマ湖優先!』で通っている!

 

この年初めてアートスポーツでCWXと出会い、ハーフ5分丈でレースに参戦した!!

 

 

1997年 サロマ湖100kmウルトラマラソン~完走記~

自己ベストに次ぐ11時間23分43秒で完走!!

 

練習量が低下するものの、11時間台でゴールしたのはこの年が最初で最後。

 

この年は2月11日の勝田マラソンで3時間15分03秒の自己ベストを更新し、調子が良かったようだ。

 

また7月には『夜叉が池マラニック130キロ』にも参加し充実した1年であった。

 

1998年 サロマ湖100kmウルトラマラソン~完走記~

3人でゴールしたのはこの1999年が初めて!!

 

アートスポーツで接客したお客様と今では小田原マラニックでご一緒しているマークさんと3人でのゴール!

 

この年の寒さに参ったマークさんは『鈴木君とサロマに来ると雨が降るから来年は止める』と言われた・・・。

 

この頃、雨男鈴木健司と言われていた。

 

1999年 サロマ湖100kmウルトラマラソン~完走記~

この2000年以降のゴールタイムは12時間55分よりも早くなることはない・・・。

 

 

 

 

2000年 サロマ湖100kmウルトラマラソン~完走記~

最高気温30℃ 完走率47%の過酷なサロマ湖となりました。

 

寝不足と炎天下の暑さにやられ、2.5キロごとの給水も足りず、応援に来ていたケンさんに救援の電話をしてしまいました。

 

この大会以降携帯電話は諦めに繋がると感じ、携帯するのを止めました。

 

2001年 サロマ湖100kmウルトラマラソン~リタイア記~

2001年に続き30℃の厳しいレースになりました。

 

この年、CWXを履かずにどれだけ走れるか?を実験すべく、54キロの緑館にCWXを預け後半に履くことを決めました。

 

すると緑館到着前までに脚の疲労感が大きく、なんとか54キロ到着!

60キロの関門も微妙なところでしたが、CWXを履くことでペースアップ!!60キロの関門を突破し70キロに届きそうなところで収容されてしまいました。

 

2002年 サロマ湖100kmウルトラマラソン~リタイア記~

今年で数える事11回目のサロマ湖100kmウルトラマラソン。ここまでの成績は10戦7勝3敗!ここ2年連続リタイア!何としても完走の想いを胸に・・・しかしこの1年で変わった事がある。93年の大学1年生から1人で参加して多くの知り合いができ、その方々と一緒に毎年サロマ湖を訪れていた。今回は自分に連れがいる。彼女ではなく妻(HANA)である。しかもHANAもウルトラランナー!サロマ湖は初挑戦、100kmは2回目になる。さらにさらに2人の結婚式は5月26日出雲大社、6月1日披露宴と正直この1か月しか練習していない(約150kmくらい)不安が多いものの初100kmを二人の助け合いで昨年のえちご・くびき野で4分前に完走できていたので、二人でなら必ずという気持ちではいた。また今回のサロマ湖に合わせて大会後『北海道新婚旅行』も兼ねている。そんなイベント続きの中しょっぱなからつまづいていたのでは、後半のテンションも上がりやしないだろうと、またまたプレッシャー!

 

2003年 サロマ湖100キロウルトラマラソン~完走記~

今年で通算12回目のサロマ湖100kmウルトラマラソン。18歳で初出場した1993年から今年は29歳になる。目標としていたサロマンブルー20代の夢は01・02年の足踏みにより達成できなかったが、昨年2年振りの完走でまた一歩近づく事ができた。今回はもう足踏みはしていられない!来年の20回大会30歳でサロマンブルー達成に標準を合わせ、なんとしても完走!それだけだった・・・。 大会前、不安が募る。4月の富士五湖77kmでリタイア・・・45kmでの脚の張り、後半動かない身体・・・不安をかき消すように5月はいつになく月間走行距離150kmオーバー。僕にとっては走り込んだ方だ。6月に入ってもなかなか練習できず、距離が伸ばせない。サロマ湖前の練習はたったの65km。その中でも加圧を利用したり、ストレッチポールを使ったりして体調管理を心掛けた。しかしシューズが1足に決まらない・・・例年緑館(54km)では着替えだけでシューズまでは変えていなかったのだが、今回は迷いがあった。結局金曜日の荷造りの時点で2足持って行く事に決めた。

 

 

2004年 サロマ湖100kmウルトラマラソン~完走記~

ついにサロマ湖に向けて出発の日がやってきました!今回の旅に華は参加できず、お腹の赤ちゃんと留守番です。 しかしながらみんなに会える機会も減っていたので羽田空港までわざわざ見送りに来てくれました!お願いだから出てくるのはもう少し待っていてね、赤ちゃん! 今回のメンバー羽田からは、サロマ湖は3年振り真っ黒に日焼けしているマークさん・今回はゆっくり走ろうかな?仕事が忙しくてあまり練習ができていない門脇さん・サロマ湖リベンジに燃えるほっすぃ~・ほっすぃ~の伴走をかって出たtakedaさんとアート鈴木の4人です。 羽田から一路女満別空港経由で湧別のスタート地点へ!到着は遅くなりホタテや前夜祭を楽しむことはできませんでしたが、受付会場にて嬉しいことがありました! 応援FAXです!留守番華からの応援FAX。何も知らされていなかったのでビックリでした! さらに昨年は100km初挑戦ランナーにつけられた『レッドリボン』の他に『サロマンブルーリーチリボン』を発見!(勝手に命名)ランナーズのサロマ湖特集の際にゴールシーンを狙ってくれる目印です! 早速ランナーズの方に最年少をアピールし必ず完走をするぞと誓いました!

 

2005年 サロマ湖100kmウルトラマラソン~完走記~

 

今回はサロマンブルーメンバーとして初めての出場。出発前にランナーズから1本の電話があった。『前夜祭で新規サロマンブルー代表として記念品を受け取って欲しいのですが・・・。最年少と言うことですし!』『喜んでお引き受けします!よろしくお願いします。』昨年は夜久弘さんが代表として大きな声援を受けていた。なにかコメント考えないと・・・。 北海道網走地方の天候は曇り、気温は15℃前後。大会当日もその位の週間天気予報だった。涼しいくらいが走りやすいだろうと、少し安心して準備にも取り掛かっていた。もちろん雨が降ったり、逆に気温が上がることも考えて準備する。 土曜日の出発は羽田発7時10分と今までで一番早い。朝3時45分起床の4時30分出発。首都高速を一路羽田空港へと走り出した。渋滞が起きていては困るので集合時間よりも早く出発したおかげで、空港でゆっくりすることができた。(羽田到着はなんと5時30分!!)朝食を摂りながら今回の同行メンバーを待った。 

 

2006年 サロマ湖100kmウルトラマラソン~完走記~

出発の朝、起床は4時。昨夜夜半まで降り続いていた雨は止んでいた。青空も見えてまた梅雨の晴れ間で暑い日になりそうだ。荷物を最終チェックして5時に家を出発。待ち合わせ予定よりはかなり早く着くが、前日のJR架線トラブルがどうしても気になり早く行かないと気が済まなかった。外に出ると雨に冷やされた冷たい空気が気持ち良い。サロマ湖の朝はもっと涼しいだろう。自転車が快適だった。浜松町経由で羽田空港へ。飛行機の出発90分前に到着。いくらなんでも早過ぎる?いいんです、このくらいが(笑) 無事集合場所に全員が集まり、今回のサロマ湖の旅がスタートした。今回のメンバーは100キロには4人50キロに2人の参加となる。

 

2007年 サロマ湖100キロウルトラマラソン~完走記~

今年のサロマ湖は例年のメンバーに加え、アートスポーツのお客さんとHANAのご両親とHANAとピヨちゃん、ペコちゃんを加えた総勢15名の大所帯!メンバーは笑石人さん・マークさん・Aloha3さん・NAOEさん・シオジーさん・富士五湖と野辺山とご一緒している安田さん・今回サロマ湖初参戦のワコール松田さん・神戸からサロマ初参戦ハリーさんにアート鈴木が100キロに参加だ。50キロにはサンバカオリンさん・ほっすぃ~・コバミホさんの3名が出場!!HANAはペコちゃんの人見知りが激し過ぎ、ご両親にお願いするには無理な状態だったので急遽応援にまわった。

土曜日の朝一で女満別入りし、月曜日の最終便まで北海道を満喫した。では第23回サロマ湖100キロウルトラマラソンを振り返ってみるとしよう。

 

 

2008年 サロマ湖100キロウルトラマラソン~完走記~

当時アートスポーツ日比谷店スタッフだった仁野真史くんと共に出場。アートスポーツのスタッフとしてはサロマ湖は初めてだ。 

 

また宿をご一緒することになった美ジョガー3人娘や早稲田大学卓球部前田くんの若さ溢れる走りなど、十人十色の物語があったと思われる。

 

仁野くんのムチャぶりの走りにも注目して欲しい。

 

僕もいつも通り??制限時間1分前にゴール!14回目の完走をすることができた!

 

ハラハラドキドキの目一杯の走りをご覧ください! 

 

 

2009年 サロマ湖100キロウルトラマラソン~完走記~

2002年以来30℃オーバーとなった第25回サロマ湖100kmウルトラマラソン!

 

暑さに弱かった2001年・2002年のリタイアを克服し、真のサロマンブルーメンバーになる為にも、『絶対完走!!』を胸にスタートを切った! 

 

しかし50キロを越えて痙攣に襲われる! 

 

さらに70キロ関門手前でも再び痙攣に!!あと200メートルが遠い!制限時間が迫る!!

 

やはり暑さには弱いのか?また暑さが理由でリタイアか?

 

気持ちとカラダの葛藤!ラストまでの物語をご覧ください!! 

 

2010年 サロマ湖100キロウルトラマラソン~完走記~